執筆者:齊藤 哲也

ナジャとは誰か?

2026.04.13

セーヌ河と石造りの建物――パリの街並みは昔から驚くほど変わらない。けれども最近訪れてみると、以前にはなかった不思議な光景に出くわすようになった。

レストランの前の長蛇の列である。

もちろん昔から、週末ともなれば美術館や映画館の前には長い行列ができていたし、昼どきにはパン屋やケバブ屋の前でテイクアウトを待つ人たちが列をなしていた。しかし、レストランの前の行列というものには、留学中にも、その後研究休暇で長期滞在したときにも、一度も出会ったことがなかったのである。

というのも、レストランは基本的に予約制である。空いていれば入れるし、満席ならまた今度。列をつくる意味も必要もない。――なかったはず。

それではこれは何なのかと、ホテルに戻るなりインターネットで調べてみると、出てくる出てくる。ハンバーガーやクレープなど軽食を売りにした店が多いようだが、SNSにはおしゃれな写真があふれている。

いわゆる「バズる」写真を求めて、今日も観光客たちはパリの街角に列をつくる。彼らにとっては「また今度」がないからだ。

そう考えると、今では東京もパリも、さほど変わらない街になったのかもしれない……。

とはいえ、「街歩き」という観点で見るなら、パリと東京、フランスと日本のあいだには決定的な違いがある。結論から言えば、それはハプニングに遭遇する確率だ。ただし、ここでいうハプニングは、スリや交通事故のような困ったそれではない。――最近こんなことがあった。

「最近」と言いつつ、もう一年半も前のことになる(のか……)。その年、2024年は、私が研究しているシュルレアリスム(Le surréalisme)が誕生して100年という節目の年だった。「シュルレアリスム」については、このHPの教員紹介ページをご参照いただきたい。ともかく、このタイミングにパリでは、展覧会やシンポジウムなど、さまざまな催しが開かれていたのである。

このときの滞在の目的は、それらのイベントに参加することに加えて、シュルレアリスムの中心人物アンドレ・ブルトンが1928年に出版した主著のひとつ『ナジャ』(岩波文庫)について図書館で調査することだった。日本でもシュルレアリスム100年に合わせて論文集を刊行する準備を進めており、そのための下調べである。

そんなわけで、平日は図書館通い、休日は展覧会や映画に行くのでなければ、パリの街をあてもなく歩く、そんな贅沢な時間を過ごしていた。

そんなある休日のこと。ボーマルシェ大通りを、レピュブリック広場のほうからバスチーユへ向かって歩いていたと思う。その日は二歳の小さな女性と一緒だった。子どもというのは不思議なもので、フランスに着いて十日ほどで、習ったこともないフランス語を片言ながら話しはじめる。そのときも「メルシー、オルヴォワール、ボンジュルネ!」(ありがとう、さようなら、よい一日を)と、意味もよく分からないまま、道行く人に片っ端から声をかけていた。

やがてギャラリーのような店の前を通りかかる。入口近くでは、アーティスト風の40代くらいのカッコいい男性が、友人と煙草を片手に紙コップのエスプレッソを飲んでいた。二歳の小さな女性は相手の性別も年齢も気にしない――やはり「メルシー、オルヴォワール、ボンジュルネ!」である。

その拙いフランス語に、彼らはにこやかに応じ、少し待っていてくれと店の中に入っていった。そして戻ってくると、「母が描いた絵本なんだけど、お土産にどうぞ」と三冊も手渡してくれる。

パリでは、こういうことがしばしば起こる。私が先ほど「ハプニング」と呼んだのは、こうした出会いのことである。いきなり見知らぬひとに道や時間を聞かれたり、デモを見物していると突然政治的立場を問われたり、前触れもなく道の真ん中で日本の映画やマンガにかんする「講義」を聞かされたり、あるいはこのときのように、何かをもらったり、逆にねだられたり……。

東京や横浜を歩いていては、なかなか起こらない種類の出来事だろう。

しかも、この話にはちょっとした続きがある。

そのアーティスト風の男性に礼を言い、バスチーユ駅のそばで日曜日ごとに開かれるマルシェでクレープなどを買い込み、私たちはさらに歩いて、アリグル市場近くの公園で少し遅めの昼食をとることにした。食べ終えてから、もらった絵本をあらためて手に取ると、かわいらしいおばけや人魚の描かれた表紙ではなく、裏表紙に作者の名前が書かれている。――そこには、いわゆる姓はなく、ただ「Nadja(ナジャ)」とだけ。

***

『ナジャ』は、著者のアンドレ・ブルトンがおもにパリの通りで遭遇した、さまざまな偶然の出来事を語る書物である。ブルトンによれば、そうした偶然には、「まず、とてもめずらしい物を見たり、どこそこの場所に到着したときなど、なにか重大で本質的なことがふくまれているというはっきりした感覚をともないながら、私たちのうちにひきおこされてくる特別でいわくいいがたい感動にはじまって、はては、私たちの理解をはるかにこえており、しかもたいていは自己保存本能に訴えないかぎり筋道だった活動にもどれなくなるような、ある種の事態の連鎖や一致によっておこる、自分自身との平和な関係の完全な喪失にいたるまで」というように、いくつもの段階があるという(巖谷國士訳)。

いずれにせよ、『ナジャ』とは、「私が私自身にとってうろたえた目撃者にしかなれない」ような、驚くべき偶然の出来事を語る書物なのである。

もっとも、パリの路上で手渡されたあの「ナジャ」は、私がわざわざパリまで調べに行ったこの『ナジャ』とはまったく別のものである。あとで知ったのだが、ナジャはフランス人なら誰もが知る有名な絵本作家の名前でもあった。

それにしても、おもしろい偶然ではないか。

『ナジャ』を調べるために日本からやってきた人間が、路上で別の「ナジャ」に出会う――何だか、できすぎた話のように思われるかもしれない。

だからこそ私は、この出来事を語るにあたって、文学的な描写にうったえるのではなく、写真を添えることで、現場でとらえられた資料をなにひとつ歪めないように気を配りながらこの偶然を伝えることにしたい。

以下がその証拠である。



【表】


【裏】
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